インタビューインタビュー

百貨店の弱みを逆手にとったDX戦略で新たな市場の創出に成功

百貨店の弱みを逆手にとったDX戦略で新たな市場の創出に成功
大丸松坂屋百貨店のDX戦略は何がすごいのか。2020年5月に澤田太郎氏が社長に就任して以降、その取り組みを強化。同年9月にデジタル事業開発部が新設されました。そこで白羽の矢が立ったのが、大丸松坂屋からヤフーに転職していた岡崎路易(るい)さん。“出戻り”という形で部長に任命され、2021年9月からはDX推進部専任部長として既存事業のデジタル化と新規事業の開発など様々な試みを行っています。百貨店×DXの可能性をおうかがいしました。

目次

株式会社大丸松坂屋百貨店
本社 経営戦略本部
DX推進部
専任部長
岡﨑 路易氏

1981年生まれ。2004年同志社大学工学部電子工学科卒業。同年株式会社大丸(現:株式会社大丸松坂屋百貨店)入社。大丸神戸店でショップ店長やメンズ売場リーダーを経験し、2008年に財務部、2015年に経営企画部へ。2018年ヤフー株式会社で管理職を経験し、2020年に再び大丸松坂屋百貨店入社。


コロナ渦で手も足も出なくなった百貨店の憂鬱

ヤフーから再び大丸松坂屋百貨店で働くことになった経緯をお聞かせください。

岡崎 澤田から社長就任後に連絡がありました。「阪神大震災のときには店舗が棄損し営業できない事態になった。今回はコロナで物理的には棄損していないものの、自分たちのタッチポイントがリアル店舗しかない。リアル店舗を起点にECもやっているが、あくまで店舗中心の商品やサービスで構築されている。すべての経済活動の中心が店舗にあるから、かなり厳しい状態だ。そこを打破するための新規事業部の部長として戻ってきてくれないか」と。

大丸松坂屋百貨店を退職したときも、不満があったわけではなく“この会社をもっとよくするために自分が学べることがもっとあるのではないか”と思ってのこと。百貨店や小売店ベースでは考えられない取り組みやスピード感、経験の種類と数を増やすためにヤフーに転職しました。“大丸松坂屋に3年いたら3回しかできないことが、ヤフーなら10回できるのではないか”と思ったのも事実。実際、在籍した2年半で、ドラスティックなことが想像以上に起こりました。


岡崎さんが再入社してから取り組んだのは、どのようなことでしょうか?

岡崎 まず一つに、コスメのECをメディアコマース化しました。これは社内の課題としてすぐにでもやるべきだったこと。今まで総合ECサイトの中にあったコスメカテゴリと店舗販促の役割が主だったオウンドメディアをしっかり合体。情報発信と商品提案を同時に行うような今日的なECサイトにしました。

二つ目が、ARToVILLA(アートヴィラ)。アートの新たな楽しみ方を提案していくオンラインメディアは、課題起点ではなく「そこにチャレンジできる余地があるよね」という、アート好きな澤田の熱い思いが起点で生まれました。

三つ目が、明日見世(あすみせ)というショールミングスペースです。“売らないお店”でお客様に体験を提案し、気に入った商品があればQRコードを読み取り各ブランドのECサイトで購入できるシステム。これも澤田が社長になる前からのアイデアを具現化したものです。

このように弊社に元々存在していた課題を解決する取り組みであったり、澤田のアイデアを膨らませていったりということをやってきましたが、その中で私のアイデアや思い中心で取り組んだのは、四つ目のインフルエンサー事業です。私たち百貨店の社員の中には、そもそも何かに熱中している「偏愛力」がある人がたくさんいます。それでいて表現力豊かで、とても魅力的に説明したり発信したりできる。この人たちをインフルエンサーとしてしっかりと育成したら、世の中への発信力・影響力を持ち、新たなビジネスの形にできるんじゃないかと思いました。


百貨店の可能性を無限に広げるインフルエンサー事業の狙い

インフルエンサー事業として今後どのような展開を考えていますか?

岡崎 まずは当社の社員をインフルエンサーとして育成しSNS上での影響力を高めること。そこで当社の社員インフルエンサーを使ったビジネスができるようになったら、社内だけでなく社外のインフルエンサーも活用した、インフルエンサーマーケティング、インフルエンサーキャスティングといった事業にも進出できる。今年に入って、社外のインフルエンサーにも当社に提携所属していただくことなりました。さらに、社員インフルエンサーを自分たちで作ったというファクトを活かしたSNS運用コンサル事業に進出し収益の複線化につなげる。元々、百貨店は人中心のビジネスなので人に対するマネジメントが得意ですし、人中心のコミュニケーションの重要性については理解が深いです。このあたりのコア・コンピタンスと百貨店の信頼感をインフルエンサー業界に持ち込んだらハマるんじゃないか、という感覚でやっています。

2023年はもっともっと収益を獲得できる方法を検討したい。提携所属のインフルエンサーを増やしていき、その人たちに依頼できるPR案件を安定して受注出来れば、当社も儲かり、提携所属のインフルエンサーも儲かる。インフルエンサーを、一過性のものではなく世の中の新たな生き方や働き方も支える仕事にしていくことに、大義もあるかと思います。

世の中には、SNS運用に長けた人はいますが、再現性がなく属人的に活動している人も多いと感じます。また、自分たちでアカウント運用の実績はないが、コンサルティング力を活かしSNS運用コンサルをやっている人もいます。私たちのアカウント運用コンサルは、実績・実務に基づいたメソッドがあり、再現性と組織対応力があり、コンサルティング力もあることが強みです。


「お菓子食べすぎ会社員」としてDX推進部の野崎さんのTikTokが話題ですが、投稿内容はどのように決めているのでしょうか?

岡崎 基本的には野崎が企画を考え、クリエイティブディレクターが壁打ち役となり、よりリアルな撮影に落とし込んでいきます。これが企業からのPR案件の場合だと、クリエイティブディレクターが大局観で見て企画作成にガッツリ入り込んで、野崎とクリエイティブチームが一丸となって制作を実施します。といっても、普通の百貨店には、SNS動画のクリエイティブチームは存在しないので、チームを発足するだけでも一苦労でしたが(笑)。


ちなみに「お菓子食べすぎ会社員」に企業からのPR案件の依頼が多くやって来る背景には、ユーザーにとって楽しいコンテンツ作りができていることに加え、コメントのやり取りなどユーザーとのエンゲージメントの高いアカウント運用を心がけていることがあります。さらに、案件進行における安心感・信頼感があるという点も大きいです。制作したコンテンツに対して細かい指摘を入れるクライアントさんもいますが、インフルエンサーの中には、そういった要望に応じきれずに、最後まで対応できない方もいるようです。私たちは、大丸松坂屋百貨店の社員が実施しているからこそ、そのような細かい要望にも責任をもって確実に対応します。これが当社の社員インフルエンサーが評価される理由の一つです。


インフルエンサー事業をするにあたり困難だったことはありますか?

一見、新しいことを始めるほうが、既存の売り方を変えることよりも難しそうなのですが、実は全く新しい領域の新規事業の方がやりやすいこともあります。強いて言うならばインフルエンサーの事業はBtoB。やったことがないという点では大変ですが、BtoCで一般のお客様相手の商売は、システムとしては全てPOSレジを通ります。リアル店舗でもオンラインでもレジを介さなければなりませんが、BtoBだとレジもいらないし、企業間取引なので基幹システムの商品調達機能を使わず企業対企業のやり取りができる。スモールに新規事業を開発するならばBtoBの方が決済や商品調達面のシステム対応は簡単なのです。大企業の大きなシステムを動かすよりも、小規模に手作業で進められる方が事業開発スピードは格段に速いです。


必要なパーツを必要なタイミングで必要な期間だけチームをつくる

DX推進の人選で迷われている企業は多いと思います。御社ではどのように確保していますか?

岡崎 私たちは、プロジェクト運営に必要な要素・能力・人材の獲得は、共創型のコンサルサービスなどの外部人材を活用しています。例えば、一つのプロジェクトにおいて、企業の新規事業・DXを担ってきたような人、マーケティングに詳しい人、物流に詳しい人、システムに詳しい人を共創型のコンサルサービスにより人選、それ以外のメンバーを社内で3人くらい人選し、それをワンチームにする。新規事業を行う際、その領域のことを知らないから何もできないパターンは多いはず。その領域に進出するにあたり、必要なパーツをそれぞれ必要なタイミングで必要な期間だけ参画いただけるような方法を選んでいます。


新しいことを始める際に、うがった見方をする人への対処法はありますか。

岡崎 DX推進部でやっていることを、澤田が社内的にも言い回ってくれているのはありがたかったですね。これまでの事例やプロジェクトの発信もしていただけた。インナーブランディングの力は重要だと思います。一般の方からも「大丸松坂屋百貨店のDX推進部がすごい」と聞こえてきたら、社員たちにも自社がやっていることに価値があると感じてもらえる。私がセミナーやTVなどメディア露出も積極的に行うのは、そういう理由からです。店舗は物理的にも遠いし伝わりにくかったり、社内広報の枠だけに入りきらなかったり、社長の社内での講話だけでも収まりきらないことがあります。私が社外でウェビナーをやるのは、他社サイトがそれぞれ宣伝してくれたら「DXの部長がまた出ている」「ウチの会社のプロジェクトがニュースになっている」となり、インナーブランディングにも社員自身のモチベーションにも繋がるのですよね 。


口だけの評論家は何も生み出さない

最後に、岡崎さんの情報収集の方法や意識していることを教えてください。

岡崎 「サービスを自ら使ってみる」、ということです。ただ見聞きしただけで「こんなのあるらしいよ」というチームメンバーがいたら、「そうじゃないよね」と話します。「自分で一度食べてみたら? 一度買ってみたら?」ということを大事にしています。私は今、6社分のサブスクを全部自腹で使いながら、それぞれのパッケージや商品の良し悪しを調べてメンバーに共有しています。自分で経験し、机上だけでは得られない情報、一次情報を自分でつかみにいくことは絶対に必要だと考えています。TikTokもプロジェクトで始めることが決まってから、徹底的に見るようになりました。企業のアカウントの成功事例やバズっている事例を見ていますね 。例えば、SNSの成功事例としてよく挙げられるANAさんは、夜中の3時に飛行機の機体洗浄の動画とかをライブ投稿しています。そんな時間にも関わらず、視聴者数が3,000人にもなっているのを目の当たりにしました。コンテンツとしても成り立ったうえで、タッチポイントとしても機能していて、すごいなと感心しています。

「これからはサブスクだ!」というなら、まずは自分がいろんなサブスクを使ってみる。そうすれば、ディテールもわかります。サブスクって解約しにくいけど、それがサブスクあるある(笑)。もちろん良くない面もありますが。このようにディテールを知っていたら「こういうことってよくあることですよ」と話せるけど、知らないと判断できない。一次情報をしっかり取ることで経験値を上げる。自分自身が経験値がないのに新規事業やDXをやろうとするのは、取り組みが失敗する要因の一つだと思います。でも、さすがに外商サービスで100万円買わなきゃいけないとかは無理ですが(笑)、そういったサービスは二次情報のところで観察をする。一番意識しているのは 、そこですね。



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