“競合”ではなく“切磋琢磨”する物流業界へ 元バックパッカーが挑むラストワンマイルのDX
目次
207株式会社
代表取締役
高柳慎也氏
1989年生まれ。山口大学の農業系学部を卒業後、福岡のベンチャー企業に入社。インターネット回線の訪問販売を行う。4カ月で退職後、京都にて同事業を起業。2012年に上京し、ITベンチャーでWEBシステムやアプリの受諾開発ディレクションを経験。2015年に株式会社チャプターエイトに参画し、プロダクト開発を推進したほか、民泊チェックインサービス『ABCチェックイン』の事業売却を経て退職する。2018年、207(ニーマルナナ)株式会社を創業。
バックパッカー時代の経験が“消費者向け物流”の原点
まずは高柳さんのこれまでの経歴について、お聞かせください。
高柳 大学時代はずっとバックパッカーをしていて、就職のことは何も考えていませんでした。農業系の学部だったこともあり、祖父の農家を一緒にやろうかな、というくらい。ただ、それもピンとこなくて、結局就活をしたんです。リクナビを開いて、一番上に掲載されていた企業に就職した感じですね。
ただバックパッカー時代に“日本の自宅に届く荷物を海外でも取り出せるようにならないのかな”と思ったことがありました。物流でも、ソフトウェアでいうクラウドみたいなことができたら、楽しいだろうなと。これが現在の弊社の事業につながる“消費者向け物流をしたい”という原体験です。
207株式会社についてお聞かせください。
高柳 「いつでもどこでもモノがトドク」をミッションに掲げ、世界中どこにいても、どんな時間でも、モノが届く世界の実現を目指しています。物流業界には様々な課題がありますが、弊社がフォーカスを当てているのが、お客様にモノ・サービスが到達する物流の最後の接点「物流のラストワンマイル」における問題です 。例えば、再配達問題。配達員の方がせっかくお客様にモノを届けに行っても、不在だとしたら無駄足になりますよね。未だに紙の不在票が利用されていますが、ペーパーレスにできるはず。 同じ配送先に異なるタイミングで別々の物流会社が届けている。朝はヤマトさんが来て、昼は佐川急便さんが来て、夜は日本郵政さんが来た、みたいな経験ありませんか? これを同じタイミングで届けられるようになれば、受け取る側も配送する側も、ロスやコストが減ると考えています。配達員側の視点から見て、多くの課題があるんですね。受け取るお客様の視点からも、課題があるとお考えですか?
高柳 “午前中指定でお願いしたものの、11時には家を出ないといけない”なんてこともありますよね。僕自身、長年スタートアップ業界にいますが、以前は朝早く家を出て、夜遅くに帰るという生活の繰り返しで、宅配ボックスもない家に住んでいたので、なかなか荷物を受け取れない、ということがよくありました。そこから「ラストワンマイル」に着目し始めましたね。
具体的に御社が提供しているサービスはどのようなものなのでしょうか?
高柳 配達員向けの配送業務効率化アプリ「TODOCUサポーター」や物流会社の業務を効率化する「TODOCUクラウド」、また、TODOCUサポーターとTODOCUクラウドを利用した配送サービス「TODOCU便 」という3つのサービスを展開しています。例えばTODOCUサポーターでは、配達員の方が受け取るお客様にSMSメッセージを送り、在宅・不在・置き配依頼を回答してもらうことで無駄な再配達をなくすことが可能になります。
配達員個人の負担も、かなり軽減されそうです。
高柳 そうなんです。実は物流業界の配達員の7割以上は、個人事業主で 一個の配達完了ごとに、140~250 円もらえる完全成果報酬制の方がほとんどなんです。仮に配送効率が悪くて再配達になったとしても、成果報酬でお金を支払う必要がなく物流企業からすると極論どちらでも良かった。配送効率を上げる取り組みが積極的に行われて来なかったという背景があります。
根本的な課題解決として見える化されてこなかったんですね。そうした課題に対しても御社のサービスが一役買っているんですね。
高柳 そうですね。こういった部分が、DXの文脈かと思います。例えば配達員1人につき、1日に約100個程度を配達するのが平均的です。そしてGoogleマップやカーナビや紙に完了した住所をメモをしながら配達するのが、これまでのスタンダードでした。
未だに紙の地図を使っている方もいることに驚きです!
高柳 結構多いですよ。地図を印刷して、こことここ……というように、業界用語でいう“地図見”をする。これってかなりのアナログ。我々のアプリTODOCUサポーターなら、伝票をスマホで読み取るだけで、そこから住所や電話番号データを抜き出してデジタルの地図上にピンを立てられる。手入力の部分を削減できて、時間短縮にもなります。
スマホのカメラの精度にもよりますが、手書き伝票を含めても95%ほどの精度で読み込めるようになっています。
それは便利ですね。現在ユーザー数は、どれくらいでしょうか?
高柳 サービスをローンチしてから約2年で4万人のユーザーに登録いただいております。配送員の方は約14万人いると言われているので本音を言うと、もっと広がってもいいと思っているくらいですね。めちゃくちゃいい配達アプリだと思っています。配送を初めて2日目で100個配送した配送員も複数います。 これまで弊社のサービスはマーケティングに予算はほぼ使わず、口コミで広がっていきました。これからサービスを拡充するにあたり、マーケティングに力を入れていきたいとは思っています。
サービス拡充とは、具体的にどのようなことでしょうか?
高柳 はい、引き続き配送効率化の部分は洗練させていきます。ただ、配達員視点で考えると他にも様々なニーズが結構あるなと感じています。個人事業主の方は車を購入でなくリースされている方が結構多いんですよね。リース会社を紹介したり、配送保険を提供するなどをしていきたいと考えています。
自らが“配達員”になり物流業界の課題を把握
コロナ禍の前後では、物流業界はどのように変化しましたか?
高柳 リモートワーク化が進み、法人向け荷物は減りましたが、消費者向けの荷物はすごく増えました。フードデリバリーも増加、EC化率も上昇し、一気に流通量が増えていきました。ただ、飲食店が閉店し、飲食業界から物流業界に人材が流れてきた、という動きもありました。
それだけ物流業界は人材不足ということですよね。中小の物流企業向けのサービスという点では、どのようなことを行っていますか?
高柳 先ほどお話ししたTODOCUクラウドは 請求業務やシフト管理をDXするサービスです。これまではエクセル+LINEで管理されている企業がほぼ100%でかなりの人的リソースが割かれていました。
むしろ今まで、このようなサービスがなかったことが不思議なくらいですね。
高柳 実際には使っている企業もありますが、自社用に開発して使い勝手がいようにカスタマイズされているんですよね。それを各社が競争優位としているので、業界全体の底上げになるツールとしての外販はされてこなかったんです。
スクラッチ開発ができるくらいの資本力のある企業だからこそできることであって、中小の物流企業ではそこまでの体力がない。社長自らドライバーとして走り、荷物獲得に奔走するだけで手一杯な企業も多いです。それから“50人の壁”※で止まってしまう物流企業も。バックオフィス業務が煩雑で、手が回っていないんですよね。そういった企業の成長サポートができたらいいなと思っています。
※50人の壁:社員数が50人を超える規模になってくると、組織構造が複雑化し、法令上化される義務も増えたりと、ビジネスのスピード感低下やパフォーマンス低下などに影響し、企業としての成長が鈍化すること。
御社も物流サービスを実施されているんですよね。
高柳 実はTODOCUクラウドも自社で展開している物流サービスの課題から出来上がったサービスといっても過言ではありません。弊社メンバーが 現場に合わせて完璧にカスタマイズしたエクセルで業務管理をしていたんですが、それを複数の物流企業に見せたところ「これを使いたい!」という声を多数いただきました。そこでTODOCUクラウドで行っているようなニーズがあることに気づき、開発に着手したんです。
ゆくゆくは「TODOCUクラウド」にTODOCUサポーターを利用する個人配達員の方のリソースも提供していきたいと思っています 例えば、ある物流企業で、配達員が病欠になり、緊急で代わりの人員が必要なとき、我々のアプリを通じて物流企業と個人事業主の配達員がマッチングされる仕組みができればいいなと思っています。
日本のみならず世界の物流ネットワークをつなげていく
今後、物流業界に望むのは、どのような未来ですか?
高柳 我々はラストワンマイルの消費者向け企業ですが、法人向けの企業や倉庫を持つ企業、幹線輸送企業もある。こういった企業同士をつなぎネットワーク化することが、すごく重要なことだと思います。物流業界はすごく広いので、一社が全ての物流を束ねることはできない。例えば、日本ではヤマト運輸や佐川急便などありますが、これは日本の中だけの話。世界規模で考えると、世界の物流企業もネットワーク化しないといけません。まずは日本から始めて、何かしらの共通化したものをベースに、世界レベルでコミュニケーションしないといけないんですよね。物流業界は“競合”ではなくいい意味での競争、“切磋琢磨”すべき。今は国の支援もあるので、実現できない将来はないとは思っています。
現在は、各社が“自分の城を守る”だけのネットワークですが、実はすごくグローバルの可能性があるということですね。
高柳 一つのプロトコル(通信に関する規格)で運用できるようになると、例えば僕が海外に送る荷物が今どこにあるか、世界中どこにいてもわかるようになる。その世界観こそが私達の目指すところであり、DXの最終形かと思っています。
現在は各社ごとのネットワークで、いざネットワークをつなぎ合わせるとなっても違うプロトコルなので、つなぎ合わせるハブが必要になる。世界中と考えたら、それがもう無数にあるわけですよ。いつまでたってもつなぎ合わせるハブを作り続けないといけない。だから共通の世界基準のプロトコルがあるといいんです。日本では、SIP(戦略的イノベーション創造プログラム)というプロジェクトが実行されてはいます。国ごとにプロトコルを用意できれば、国と国のネットワークをつなげることに近づけると思います。
世界には、住所がない場所も存在しますよね。そういった場所にモノを届ける際の解決策としても、道が開けそうです。
高柳 おっしゃる通りです。住所の問題は、解決したいと常々思っています。アフリカや新興国は住所さえない場所もたくさんありますし、日本でも、例えば弊社とお隣さんは同じ住所です。地域によっては、20世帯が同じ番地に存在することも。表札が無ければ、どの世帯に届ければいいのかわかりません。
「住所」というデータ自体を、物流の場面では捉え直す必要があると考えています。物流において、住所よりも座標(経緯度)のほうが正確です。今、AIの活用が話題に上がることも多いですが、それこそ人間ではなく自動運転やロボットがモノを運ぶ未来なら、もはや住所ではないほうがいい。今後も、潜在的な課題などを配達員側も物流企業側も自分達で現場を体験しながら、サービスに反映していきたいと考えています。