“暗黙知のデジタル事業化”で企業の可能性を見い出し、ハッピーの連鎖を生んでいく
目次
株式会社Arent
代表取締役社長
鴨林広軌氏
京都大学理学部卒業後、株式会社MU投資顧問の株式運用部門にてアナリストに。2012年、グリー株式会社に転職。2015年に独立し、Arent前身の株式会社CFlatに参画する。2020年、株式会社Arentへ社名変更しリブランディング。2020年7月に千代田化工建設株式会社とのジョイントベンチャー株式会社PlantStream、2021年3月に日清紡ホールディングス株式会社とのコラボレーション事業として株式会社VestOneを設立する。
“自社のナレッジを外に放出しないこと”が可能性を潰す
まずは株式会社Arentの事業について教えてください。
鴨林 DX企業として、クライアントのコンサルティングからシステム開発、事業立ち上げまでの最初から終わりまでを共に進めています。その事例として、千代田化工建設様と株式会社PlantStreamを設立しました。膨大な作業をCAD(コンピュータ支援設計)が代わって負担したりCADの自律設計で基本設計が数十秒で完了したりなど、課題を解決しています。
我々のミッションは“暗黙知を民主化する”こと。社内に溜まったナレッジをシステム化するということです。ベテラン設計士の方々が頭の中で考えてやってきたことをデジタルに落とし込むツールを作成しています。“デジタルを事業化してSaaS化する”。日本のナレッジを世界にどんどん広げていくことは、本質的な力が問われることだと思います。
現在は、建設業界が主なクライアントでしょうか?
鴨林 そうですね。ただ他の業界の方からの相談もあるので、弊社と想いがマッチすれば一緒に仕事をしていきます。そもそも建設業界に着目したのは、私自身が元々MU投資顧問株式会社でアナリストとして働いていたんですね。さまざまな業界の内情を見聞きする中で“こんなに素晴らしいナレッジは、デジタル事業化すべきでは?”と思ったんです。一つの企業にとどめておくにはあまりにも惜しい。デジタル事業化して世の中に出したほうが、より多くの人がハッピーになるなと。じゃあそのために、どこの業界に行こうかなと考えました。そこで千代田化工建設様をコンサルティングする機会があり、千代田化工建設様には深いナレッジもあるし 、弊社の三次元の技術も使えると感じました。同社が、たまたま建設業界だったということですね。弊社にCADや三次元に強いメンバーが多かったこともありますが。
企業にとっては、“自分たちのナレッジやノウハウは自社で独占したい”という意識に働きがちなのでは?とも思います。
鴨林 実際、海外と日本のDXの差はそこなんです。日本はまだまだDX化が進んでいない。それはなぜか。一番の理由は、IT人材です。IT人材の比率は、日本:アメリカ=1:4程度。人口比率は日本:アメリカ=1:3程度なので、そこまでIT人材の比率は変わらないのに対し、内訳に差があるんですよね。日本もSIerやSaaS企業には、IT人材はいますよ。ただ事業会社にいらっしゃるIT人材の人数は10倍の差がある。だから、事業会社からナレッジが外に出ていかないんです。システム化する人もいないんですよ。事業会社のみなさんは、保守運用でベンダーさんにお願いして、それを回すことだけでお腹いっぱいの状態なんですよね。そこが日本でDX化が進まない最大の理由だと思っています。これは単なる我々の感覚ではなく、経産省のDXレポートでも指摘されていることとも整合的です。
そのあたりが海外は日本と比べどのように異なるのでしょうか?
鴨林 例えば、航空機メーカーの『Dassault』(ダッソー)は、自社のCADシステムを持っていたんですね。つまり自社のナレッジをシステム化していたということ。そしてその航空機をかなりキレイに作れる便利なCADを外に売ろうということになったんです。『Dassault Systèmes』(ダッソーシステムズ)という子会社を作り、CADを世界中にどんどん売っていきました。結果、ダッソーシステムズの時価総額は7兆円を超えました。これは親会社の3倍以上にもなります。
日本ではこのような例は、あまり聞かないですよね。
鴨林 実は事例として、某大手自動車企業は統合型CADを持っていたんですね。そしてそれを外には出さない 戦略を取られていました。現在、彼らが使っているのはダッソーシステムズのCADです。そうなると、自社のCADへの投資は完全に無駄になりますよね。他社のものを使うことで、そこに対してお金もデータも渡さないといけない。圧倒的に立場として弱いんですよね。一方、ダッソーのように世界中にCADを販売したことで売上を 上げ、開発費が貯まり、さらに良いCADを更新できる。
社会的に考えても、そちらのほうが合理的なことは明らかですよね。だってソフトウェアって、一個作れば使い回せますから。にも関わらず、みんなで同じような規模の小さいものを作っている。一社が作ったものをみんなで使う方が世の中的にもハッピーだし、そういう風に資本市場はちゃんと動いているんだから、それに乗っかるほうがいいと思います。
歴史が長い業界ほど、そういった発想転換は難しそうだなとも思いました。
鴨林 千代田化工建設様の中でも当初は「なぜ他の企業に販売するんだ」という話になりました。同社にとっては「虎の子」同然のノウハウだからです。先ほどの『ダッソー』の話を例に、お話させていただきました。強いソフトが出て市場を席巻したら、使わざるを得ない。“世界に使われるものを作る”側に移らないといけないと伝えると、納得していただけました。
企業の社内コミュニケーションツールとして利用されているSlack(スラック)を開発したのも、元々はゲーム開発会社。“便利なコミュニケーションツールがないから作ろう”というところから社内用ツールを作ったんです。そこから、こんなに便利なものは外に売ろうとなった。今ではSlackはゲーム開発会社ではありません。本業を行う上で便利なツールを作ったら、世の中の事業会社はみんなハッピーになるんですよね。“自社が欲しいものをつくってそれを事業化する”。これこそが、我々が思い描いている“暗黙知の民主化”につながっているんです。
日本企業は、デジタル事業に対して付加価値を感じにくいようです。「デジタル事業を作れば、御社の価値は本当に豊かになりますよ」と提案し続けています。そこに納得頂いている方たちとお仕事をさせてもらっています。
TikTokを使ってバズった女子高生はDX化に成功している
日本とアメリカのデジタルに対する意識の差は、なぜ生まれているのでしょうか?
鴨林 日本企業には時価総額という発想・思想がないですよね。それよりも目の前の売上を考えてしまう傾向にあります。日本はそもそもサラリーマン経営者が多く、株価を上げる意識がない。売り上げで文句を言われなきゃいいわけです。株価を上げようとする気がない、つまりこれは効率化する気がないと言えるので、DX化は進まないですよね。
日本とアメリカでは、DXを推進するリーダー像の違いもあります。DX白書の調査では、DX人材で求められるのは、日本では“行動力”“リーダーシップ”“コミュニケーション力”“戦略的思考”を挙げていました。ラガーマンのようなパワーがあって、ハツラツとしていて、しゃべりが上手い人材が求められているんです。一方アメリカだと“テクノロジー”“リテラシー”“業績志向”“顧客志向”なんですよね。これってシリコンバレーの起業家の傾向。彼らは「顧客の課題は何か?」「トラクションは何か?」を日常的な会話としているんです。
これからの日本におけるDXの未来は、どうなっていくとお考えですか?
鴨林 そもそも、“DXできている状態”というのをみんな勘違いしているなと感じています。OCRやAIなど、「先端技術」使おうとしがちなんです。例えば、最近だとスマホからメニューを注文する飲食店って増えてますよね。これで売り上げUPや人件費のコスト削減など結果が出ていたら、DX化できていると思います。DXは、すごくざっくり言うと“スマホをいい感じに使う”、“アプリを完全に使っている”くらいでいいんですよ。別の例でいうとTikTokで自分を可愛く撮ってバズってる女子高生はDXしてる。スマホ1台で自分の可愛さを世界にアピールして、自分の承認欲求も満たしている。スマホって最先端のものですが、多くのユーザーが使えるくらい、こなれたものでもあるんです。それを使って、紙でやっていたことを置き換えたり、業務効率につながっていれば、それはもう立派なDXです。こなれていない最先端の技術を使おうとする必要はどこにもありません。
DXを難しく捉え過ぎているのかもしれません。
鴨林 日本企業は自社にとってのコアの部分、自社独自のノウハウ部分を、デジタル事業化するべきなんです。ナレッジがあるという強みを活かさない手はありません。ノウハウをSaaSにするだけで、かなりの問題が解決されると思います。DXって“SaaSを作るか・使い倒すか”。これくらいの意味合いでしかないと思っています。最先端でありながら、枯れている(世に出てから、時間が経過している)サービスは、技術的に安定しているとも言えます。“世の中で流行ってるツールで使えるものは、全部使いましょう”というかんじですね。既に多くの人が利用しているということは、それだけ使えるという証拠ですから。
やらなくていい仕事に忙殺される前にデジタルの力を借りる
DX人材を確保する方法や内省すべき点はありますか?
鴨林 企業にはミッションとプロダクトがあればいいと思っています。スタートアップ企業になぜDX人材が集まるかというと、ミッションがあるんですよね。それがなければ「DX人材がほしい」と言ったところで、集まるわけがありません。一般的にDX人材と呼ばれるような方たちは、新しい技術に敏感なんですよね。ミッションもプロダクトもない企業では“何をすればいいの?”と戸惑ってしまいます。
そもそも自分たちが“DX人材だ”とわかっている人も少ない。スタートアップ企業にいる人たちの中にいることが多いですよね。“このプロダクトをどうにかしたい”という代表の思いに、“こうしたらいいんじゃないか?”と提示できることがDX人材としての素質でもある気がします。
今後、御社がDXを通じて実現したい社会や目指す未来をお聞かせください。
鴨林 企業の多くが、やらなくていい仕事に忙殺されて、自社のコア部分が見えなくなっている。その企業ならではの価値が全体の業務の中でかすんで、わからない状態になってるんじゃないかなと。
日本の大企業はすごくナレッジがあっても、デジタル化することは意外と常識になってないんですよね。この常識をインストールするだけでも、かなりのコスト削減になると思うし、業務もラクになるはずです。
世の中のあらゆることが、今はデジタル化できますよね。
鴨林 日本に埋れているナレッジを世界中にとどろかせていきたいです。千代田化工建設様の一社員の方は、弊社とジョイントベンチャーを作りました。今ではその会社の堂々たる代表になっています。一社員から、物作りをしながら、DX人材になり、さらにキャリアアップもできる。こういったこともどんどんやっていきたいですね。“私たちのナレッジを世界に広めていこう!”と目をキラキラさせながら進めていく、そんな世界が理想です。