「新たな製品やサービスの創出こそ、DXが目指すべき姿」 経済産業省と見る日本のDX未来図
目次
守りの投資ではなく「攻めの投資」でビジネスを強化
まずは日本のDXの市場規模について教えてください。
栗原 具体的な数字は述べにくいのですが、市場自体は非常に伸びていると思います。プレイヤーの数も、業態の数も、年々拡大傾向にあるでしょう。
また、DXレポート2.1でも述べていますが、デジタル産業を構成する企業には下記の通り、4つの主体があると考えています。
①企業の変革を共に推進するパートナー
②DXに必要な技術を提供するパートナー
③共通プラットフォームの提供主体
④新ビジネス・サービスの提供主体
こういった業態の企業は実際にここ2、3年で大きく成長している、という認識です。
現在の日本の産業界のDX化の進捗について、どのようにご覧になっていますか。
栗原 こちらもDXレポート2.1において指摘されていますが、既存産業の業界構造は、ユーザー企業は委託による「コストの削減」、ベンダー企業は受託による「低リスク・長期安定ビジネスの享受」という一見Win-Winの関係で安定しているようにも見えます。ただ、ユーザー企業は、「ベンダー任せにすることでIT対応能力が育たない」、「顧客への迅速な価値対応ができない」。一方でベンダー企業は「低い利益水準で多重下請け構造や売上総量の確保が必要」であり、「労働量が下がるため生産性向上のインセンティブがなく、低利益のため技術開発投資が困難」な状況になっており、「低位安定」の関係に固定されてしまっている現状があります。そのため、本来のDXの目的である「新たな価値・ビジネスの創出」に対して、手を取り合って進めていくことが重要だと考えています。
出典:DXレポート2.1を基に作成
https://www.meti.go.jp/press/2021/08/20210831005/20210831005-1.pdf
また、IPA(独立行政法人情報処理推進機構)が公表している「DX白書2023」において、DXの取組状況を調査していますが、その調査においてDXに取り組んでいる企業の割合は増えているものの、米国企業と比べるとまだ割合は高くなく、DXの進捗は道半ばであるとの認識です。
出典:独立行政法人情報処理推進機構(IPA)「DX白書2023」
https://www.ipa.go.jp/publish/wp-dx/gmcbt8000000botk-att/000108041.pdf
また、特に日本企業は「守りの投資」、つまり今のビジネスの維持や運営費用に対する投資の割合が多く、新規事業などへの投資である「攻めの投資」はまだまだ少ない状況ですので、「攻めの投資」を今後増やしていくことが重要です。
提案する側はもちろんですが、組織の意識改革も必要ですよね。
栗原 おっしゃる通り、組織の意識改革は重要です。経営者のリーダーシップや志はもちろん、いかに社員の皆様にもDXの必要性を実感しながら進められるかが大事であり、マインドの部分も影響すると思います。
「DX認定がやっと取得できた」という企業がいらっしゃったのですが、経済産業省としては認定のハードルを高く設定されているのでしょうか?
栗原 DX認定とは、あらゆる産業でデジタル技術の活用が加速的に進む時代変化の中で、DX時代の経営の要諦集として、デジタル技術による社会変革に対して経営者に求められる企業価値向上に向け実践すべき事柄を取りまとめた「デジタルガバナンス・コード」に対応し、DX推進のための準備として、ビジョン・戦略・体制等が整っていると認められた企業を国が認定する制度です。経済産業省としてDXは単にデジタル技術やツール導入ではなく、顧客目線で新たな価値をつくっていただくこと、そのためにビジネスモデルや企業文化の変革に取り組むことが重要だと考えていますので、確かにハードルが高いと感じる企業もいらっしゃるかもしれません。ただDXは本来、全社的でかつ中長期的な取組であり、経営そのものとして捉えてほしいと思っています。
“デジタル化されたビジネスで様々なデータを収集して新しいイノベーションを起こす”のが本来のDXだと思うのですが、例えば経営層に覚悟はあっても、方法論がわからない企業は多いのではないでしょうか。ITのリテラシーが低いというのも、現実にはあると思います。
栗原 やはり社内だけで進めようとするのではなく、外部の支援機関なども活用していだだくことが必要だと思っております。そこで、例えば特に中堅・中小企業の皆様に対しては「中堅・中小企業等向けデジタルガバナンス・コード実践の手引き2.0」にて伴走支援の重要性に関して広く取り上げ、事例を紹介しています。また、DX時代の人材像として“デジタルスキル標準”というものを定め、その中でも特に”DXリテラシー標準“として、ビジネスパーソン全員が身につけていただきたい、DXに関する基礎的な知識やスキル・マインド、及び、企業がDXを推進する専門性を持った人材を育成・採用するための指針を提示していますので、そういったものも活用してもらいたい。DXは経営そのものであり、経営層の方には全社的な取組としてコミットしてDXに取り組んで頂きたいと考えています。
アナログな飲食店でもDXで売上高5倍を実現
コロナ禍が与えたDXの影響や、変化した部分などはありますか?
栗原 デジタル化という意味では、特にテレワークの普及やオンライン会議の導入などは、大企業だけでなく中堅企業や中小企業でも非常に大きく進んだと思っています。これを機にデジタルの有用性というものの理解は非常に進んだとは思いますが、まだそれがDXにまではなかなか結び付いていない。繰り返しになりますが、道半ばではあると思います。
デジタル化とDXの間には大きな溝があり、そこの壁が高いように感じます。デジタルツールの導入は進んだものの、その先にもやるべきことがある。そこに対して意識が向いているのかは難しいところです。
栗原 DXの段階として、デジタイゼーション、デジタライゼーション、デジタルトランスフォーメーション(DX)の3つの言葉がよく使われますが、それぞれの言葉が混同されているように思います。
出典:経済産業省「DXレポート2(中間取りまとめ)」https://www.meti.go.jp/press/2020/12/20201228004/20201228004-3.pdf
中小機構のアンケート調査※によると、「DXを理解しているか」に対して、“理解している”“ある程度理解している”が約37%であり、半数以上が“どちらともいえない”“あまり理解していない”“理解していない”という方々だったわけです。
※出典:中小企業基盤整備機構「中小企業のDX推進に関する調査 アンケート調査報告書」(2022年5月)
https://www.smrj.go.jp/research_case/research/questionnaire/favgos000000k9pc-att/DXQuestionnaireZentai_202205_1.pdf
また、「DXに期待する成果・効果」に関しては、“業務効率化”・”コスト削減”という回答が飛び抜けて多い。ですが、我々としては、もちろん業務効率化やコスト削減も必要ですが、やはり新たな製品やサービスの創出や、そのためのビジネスモデルや企業文化の変革が、DXで目指すべき姿であり、期待する成果であるべきだと思っています。
DXを理解しているのが約4割というのは、イメージしていたよりも多い気がしました。
栗原 ツールの導入やデータ収集をDXだと思って“理解している”という回答をされた方も中には含まれると思っていますので、本来の認識では、調査結果よりさらに下回っている可能性もあります。DXの認識が最初のステップだとしたら、次のステップはDXの本質を知ることにあると思います。先ほどお話ししたように、デジタル化とDXを混同されている場合もあるので、それを認識できているかどうかが重要です。
経済産業省としては、支援機関の方々と日々対話をさせていただき、企業に対しても講演やセミナーを開催しています。さらに、特に中堅・中小企業に向けては、先ほどお話ししたデジタルガバナンス・コードを実際にDX推進に取り組むための手引きとして、「中堅・中小企業等向け『デジタルガバナンス・コード』実践の手引き2.0」(実践の手引き)を出したり、中堅・中小企業の取組のうち、DXの優良事例を発掘・選定するための取組として「DXセレクション」を実施していたりします。
実践の手引きで紹介されていることを中小企業で実際に行った例もありますか?
栗原 実践の手引きでは、「DXは何か」という大原則から始めて、DXの進め方や成功のポイントの解説をしています。また、デジタルガバナンス・コードの各項目について、DXに取り組む企業の実例も紹介させていただいているのですが、実際に中小企業でも数は多くないにしろ、しっかりDXに取り組み成果を出されているところもありますよ。
例えば、三重県・伊勢市に本店を構える「ゑびや」という創業約150年の老舗飲食店があるのですが、以前は売上管理も全部紙で行なっていたんですね。そこに奥様の実家を引き継ぐ形で現社長が事業を継承されたんです。今後、課題に取り組むに当たり、自社の状況の正確な把握が出来ていなかったことから、まずはエクセルのデータ記録から始められました。しかも、特殊なデータではなく、天気・気温・各メニューの売上・グルメサイトのアクセス数などです。そのようにして勘と経験に頼っていた商いをデータに基づく店舗運営に変えていきました。そこから客単価は800円から2,800円と3.5倍、売上高は5倍に。また、自社向けに開発したデジタルツールを他者向けに展開する別会社「EBILAB(エビラボ)」も設立しました。いまでは“世界一IT化された食堂”と呼ばれています。
また、来客数の予測ツールの開発などにより、コロナ禍での飲食事業の売上減少を補う売上を達成されました。
「2025年の崖」を突破するため、できることから一歩ずつ進める
今後DXを加速させていくために、経済産業省として何が求められていると感じますか?
栗原 私は大きくは3つあると思っています。一つ目は、「DXとは何か、の認知を広げる」こと。DXは抽象的な概念であるが故に、言葉が独り歩きしてしまっている側面もあると思います。本来のDXの定義に立ち返り、企業文化の変革に取り組む必要があると感じています。二つ目は、「企業自身のDXを促進させる取り組みを強化していく」こと。経済産業省としては、企業のDXの取組状況に合わせて、DX推進指標、DX認定、DX銘柄やDXセレクションなどを実施していますが、より実効性を持たせる必要があると思っています。そして三つ目は、「支援機関の皆様の活用を促進する」こと。DXを進めるに当たっては、社内の人材だけではなく、外部人材を積極的に活用することが、企業規模に関わらず必要だと考えています。支援機関の皆様を活用頂くために、環境整備を進めていく必要があると感じます。
経済産業省から見て、イノベーションが起こしやすい市場やマーケットはあるのでしょうか?
栗原 どんな業種にも関わらずイノベーションは起こり得るものだと思っておりますし、そのためにDXに取り組んでもらう必要があると考えています。
DXのはじめの一歩として、身近なデジタル化から始めていただくのが大事だとは思います。我々としてはデジタル化からDXまで一貫して企業の取組みを後押ししたい。強い気持ちで動いています。
<お話をうかがった方>
経済産業省
商務情報政策局 情報技術利用促進課(ITイノベーション課)
課長補佐
栗原涼介氏