インタビューインタビュー

多忙な僧侶の救世主現る!? 元エンジニア副住職の寺院DX

多忙な僧侶の救世主現る!? 元エンジニア副住職の寺院DX
長野県塩尻市にある浄土宗善立寺は、天文14年(1545)以前に開山されました。そんな歴史ある寺院で、エンジニアから副住職に転身した小路竜嗣さんが推進しているのが、寺院業界のDXです。多くの日本人にとって絶対的な存在である「お寺」という存在を、持続可能な運営スタイルを確立することで存続させるために活動しています。大企業から転職し、縁遠いように感じる「寺」と「IT」を繋げ、前代未聞の「寺院DX」に取り組んだ経緯と現在の取り組み、寺院のこれからについてうかがいました。

目次

長野県塩尻市 浄土宗善立寺 副住職 
小路竜嗣氏

1986年、兵庫県伊丹市出身。信州大学大学院工学系研究科を修了後、新卒で株式会社リコーに設計エンジニアとして就職。2011年に結婚を機に退職、出家。2014年に教師養成道場・加行成満し、浄土宗善立寺に入山。2016年より寺院のIT化啓蒙活動を始め、2021年に「DX4TEMPLES」開業。寺院ITアドバイザー、認定DXアドバイザースペシャリストとして寺院業界のDXを推進している。

実は超多忙!お坊さんの業務の半分は事務仕事

エンジニアから僧侶へ転身した経緯についてお聞かせください。

大学時代からお付き合いしていた女性がお寺の一人娘だったので、結婚を機に出家しました。大学院では人工関節の材料に関する研究をしていたので、知見を活かせる仕事に就きたいと考えて、大手事務機器メーカーの設計エンジニアとして就職しました。その段階では僧侶になるつもりはなかったんですが、結婚の話が出たタイミングで退職して、修行を始めました。

修行を始めて、最初にぶつかったのは言葉の壁です。仏教用語は聞き取るのも難しいものばかりなので、一つひとつノートにメモして辞書を作って、なんとか覚えました


未知の世界、それも寺院の住職という民間企業とはまったく異なる世界へ飛び込むのはかなり勇気が必要だと思うのですが、入山前とのギャップはありましたか。

実際に働いてみると、お坊さんって本当に忙しいんですよ。お寺の仕事というと法要やお葬式などの法務をイメージする方も多いと思いますが、業務全体から見れば事務仕事が大部分を占めています。一部の大規模な寺院を除いて、多くの寺院が住職と副住職のふたり、ないしは住職ひとりで運営しているので、事務仕事や掃除だけで1日が終わってしまうんです

事務仕事の内訳としては、行政や檀家さんに提出する書類の作成や申請、経理、檀家さんの対応などの日常業務が主です。民間企業では当たり前のようにデジタルを使っている事務仕事でも、寺院ではアナログのままのものも多い。想定はしていましたが、かなりの負担でした。


目の前の業務で手一杯で、先々のことを考える時間を確保するのも難しそうです。

夜中であっても檀家さんに不幸があれば連絡がくるので、24時間、365日稼働で明確な休みはありません。

また、お寺は地域コミュニティのハブ的な役割も担っているので、社会貢献活動もおこないます。もちろんお坊さんにも家族がいますから、自分の家庭とも両立しなければなりません。家族が病気になれば看病する時間も必要ですし、子育てや介護など協力するべきことはたくさんあります。

寺院も時代に合わせて発展していかなければ他の事業と同じように衰退していくのに、日々の業務や生活に追われていると、既存の檀家さんとのコミュニケーションが疎かになったり、新しい檀家さんを獲得する広報活動をしたりする余裕も持てません。

万が一お寺が潰れたら、何百年も続く歴史もお墓もなくなってしまいます。そんなことは絶対にあってはならない。僧侶としての業務を体験しながら、その大変さを目の当たりにして「自分が持っているITスキルを役立てられるんじゃないか」という思いが日増しに強くなり、デジタルの活用に取り組み始めました。


潜在性と即効性が高い課題から着手で「住職の壁」を突破

DX推進にあたって、周囲からの反発や戸惑いの声はなかったのでしょうか?

寺院で何か新しいことをやるときには「住職の壁」を乗り越える必要があります。私にとって住職は上司であり義理の父なので、無理に進めて人間関係が拗れてしまうようなハレーションを起こすことは、寺院を運営していくために避けなければなりません。

理解を得るには、成果を体感してもらうのが一番ということ。何から着手するか考えた時に、目に見えて効果が出やすそうな業務として思い当たったのが「墓マップ」の作成です。

開発前は、約300基のお墓の位置や檀家さんの情報をA2サイズの紙で管理していました。「墓マップ」は、Excelを使ってお墓の位置データを示すマップをつくり、それぞれのお墓に顧客IDを割り振って、顧客管理システムの「筆マメ」に紐付けられるようにしました。


「墓マップ」の開発によって、具体的にはどのような効果があったのでしょうか?

かつては、檀家さんにお墓の位置を尋ねられた際に、紙で管理していたころは探し出すのに10分程度はかかっていましたが、今は墓マップにIDを入力すれば一瞬で表示されます。その分の時間を檀家さんとのコミュニケーションに使えるようになり、何気ない会話から檀家さんの抱えている不安を解消したり、法要の相談に乗ったりする余裕が生まれました。単に効率が高まっただけでなく、コミュニケーションという付加価値が生まれた結果、住職にも評価され、善立寺のDXは軌道に乗りました。

住職は、この業務を苦労とも思わずに当たり前にやってきているので、それを「業務効率」という言葉で片付けることはしたくありませんでした。目に見える成果が出て、良さを感じてもらえたことで、スムーズにデジタルシフトできたと感じています。


2016年からは善立寺だけでなく寺院業界全体に向けてIT啓蒙活動をされていますが、その狙いはどのようなことでしょうか?

日本には後世に受け継がれていくべき素晴らしい寺院がたくさんあります。人手不足や経営難を理由に廃寺したり、寺院業界全体が衰退していく事態を防ぐために活動しています。

善立寺のDXに取り組む中で、「このままじゃいけない」という思いを抱えながら、日々の事務作業に追われて困っているお坊さんたちの力になりたいと考えるようになりました。


寺院ITアドバイザー、認定DXアドバイザースペシャリストとしての具体的な活動内容について教えてください。

公式サイトの制作方法、会計ソフトの使い方を学ぶセミナーや、ITセキュリティに関する研修会などを開催したり、サイトの制作支援をおこなったりしています。

小規模な寺院では簡単なホームページすらないケースも多いのですが、どんなに普通のお寺でもWeb環境を整えると一定の効果があるので非常にもったいないんです。

実際に、善立寺も紅葉や桜を楽しめるような木もなく、立派な庭園や池もありませんが、検索ワードによってはGoogleで上位表示されています。


小路さんの活動に対して、寺院業界からの反応はいかがですか?

現在は賛同してくれる寺院も増えましたが、活動を始めた当初は反応は鈍かったです。2019年にさくらインターネットさんと共催イベントで公式サイトを制作するセミナーを開催した際は参加者がたったの数名でした。

公式サイト制作セミナー時の様子_小路さんインタビュー DX王公式サイト制作セミナー時の様子













その後、コロナ禍で会議や研修がリモートで開催されるケースが増え、それまでIT系の技術を敬遠していたお坊さんたちも積極的に取り入れる姿勢に変わってきましたね。2021年に再度、公式サイトを制作するウェビナーを開催した際には、約160名が参加してくれました。

2021年は活動を事業化して「DX4TEMPLES」(ディーエックス フォー テンプルズ)を開業し、お寺の会報や書類のデータ化、公式サイトやSNSの活用方法などを啓蒙しています。


寺院業界に受け入れられ始めているんですね。檀家さんからの反応はいかがでしょうか?

全日本仏教会のサイトに掲載されている、全国の檀家さんの意見も参考にしてサービス開発に取り組んでいるので、好意的に受け止めていただいていると感じています。

ご高齢の方にも普及率が高いLINEの公式アカウントでは、お仏壇のセッティングなどについて画像つきで相談できるのでわかりやすいというご意見もいただいたり、相談に乗る中で永代供養の契約に進んだりしたケースもありました。

電話では説明が難しいことでもLINEであれば画像を共有できるため、聴覚障害の方や声が出せない方でもスムーズなやり取りが可能です。LINEは檀家さん以外の方でも送れるので、お寺に対してハードルが高いと感じている方でも気軽にコミュニケーションがとれ、そこから新規契約に繋がる場合もあります。

対応業務の負担が軽減されながらも密なコミュニケーションが可能になり、檀家さんの満足度はアップする。両者にとってWin-Winな成果をもたらすのです。


DXで、お寺はもっと進化する

今後、寺院業界におけるDXをどのように推進していきたいと考えていらっしゃいますか?

ChatGPTをもっと活用していきたいと考えています。これまでに、私が書いた記事を学習させた「お寺のIT化相談チャットボット」や、浄土宗のマニュアルを学習させたチャットボットを制作しました。しかし、ChatGPTは英語圏のサービスなので、日本語での回答に不自然さや不十分な部分が出てしまうんです。日本仏教の用語や教えを英訳して、論文や辞書形式のデータセットを作成できれば、寺院業界のDXは加速度的に推進すると考えています。

あとは、ITに関する学習を大学や研修のカリキュラムに組み込むための働きかけも継続しておこなっていきたいですね。若い世代でもITリテラシーが低い方も多いので、早い段階で興味・関心を持ってもらうための取り組みが必要だと感じています。

観光客で溢れている有名なお寺以外にも、素晴らしいお寺は全国にたくさんあります。誇りを持って日々活動しているお坊さんたちが、100年後も200年後も健全に寺院運営をしていくために。今後も私にできることを模索しながら、活動していきます。


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