金ナシ・部下ナシ・システムナシ 孤立無援から始まったデジタル変革でリードが急増 ―明光義塾のDX戦略 前編―
目次
株式会社明光ネットワークジャパン
取締役
DX戦略本部長
谷口康忠氏
滋賀県出身。1998年新卒でNTT入社。2010年からNTTコミュニケーションズ株式会社で多岐に渡るDX業務に従事。2021年3月より株式会社明光ネットワークジャパンにDX推進長として参画。2022年11月より取締役DX戦略本部長就任。また、2022年6月、株式会社明光ネットワークジャパングループ初の社内ベンチャー企業としてGo Good株式会社を設立、代表取締役社長に就任。趣味は子供と遊ぶこと、焚火。好きな言葉は「大きな魚が小さな魚を食べるのではなく、速い魚が遅い魚を食べる時代」。
データに基づきデジタルを活用して事業を変革する“X”こそDXの要
まずは谷口さんが前職のNTTコミュニケーションズから明光ネットワークジャパンへ転職した経緯をお聞かせください。
谷口 前職では、NTTコミュニケーションズ株式会社で、中国向けECやSaaSサービス開発、MAやCRMを活用したデジマ施策の立ち上げからサブスクリプション型ECサイトの企画・開発・運用等のマネージャーを歴任し、マーケティング、セールス、オペレーションに渡るDX業務を行ってきました。そんな中、縁あって転職することに。
まだ転職する前の話ですが、自分の娘が学習塾に通いはじめた頃、それまでは私が毎週末に勉強を教えていて、英語のここが理解できてないな、次はここを勉強しないといけないな、と娘の勉強状況を把握していたんです。それが学習塾に通いだした途端に塾任せになってしまい、どこでつまずいているかもわからない。ブラックボックスなことが多かったんです。入塾前のカウンセリングが手厚かったのに対し、入塾後の保護者とのエンゲージメントの希薄さに不満を感じていました。サービス業である塾として、テストの点数アップや受験対策とは別に、塾としてやるべき課題は多いなと思っていました。
それからFCビジネスにも興味がありました。
1970年代に入り急速に広まったFCビジネスも、既に50年近く経ち、後継者問題を含め、多くの課題があるとともに、SMB市場としてのフランチャイジーのDXに寄与できないかと考えていました。そういった点で、個別指導の明光義塾をFC展開する明光ネットワークジャパンに興味を持ったことも、転職理由としては大きいですね。
実際に入社してギャップはありましたか?
谷口 自信はあったものの、DX推進室のメンバーは自分一人、期中のため予算なし、使えるシステムなしという状況。DX推進室という組織は既にあり、重点施策にも盛り込まれていたにも関わらず、現場レベルでは「DXって何?」という状態。外部から来た人間ということもあって、当初はなかなか協力も仰げず。最初の3カ月くらいは一人ぼっちで、いつ辞めようかなと考えたりもしました(笑)。
それでも期待していただいてる役員の方に少しでも応えたく、転職した初月から取締役会でシステム更改やSNSのレピュテーションリスクの改善などを提案させていただいてました。MA/CRMの導入やシステム更改に向けた要件定義など、一人で出来ることはどんどん進めながら、当時は周囲を巻き込むことに必死でした。
一人しかいないDX推進室に、どのように人材を集めたのでしょうか?
谷口 入社2カ月くらいのときに社長、専務とじっくり話す機会があり、「DXは組織横断で取り組んで初めて結果が出ること、DXのD(デジタル)はもちろん、X(トランスフォーメーション)が重要であること」など議論させていただいたんです。組織としてDXへの理解はあるものの、DXの中身が本質的に曖昧なこともあり、DXの定義からディスカッションを始めさせていただきました。
例えば紙の書類をデジタル化や、SNSの活用…などはDXではなく、単なるデジタイゼーションであり、データに基づいてデジタルを活用して事業を変革することがDXを推進していくことだと。
今考えると、転職して間もない私が、偉そうに役員を前にDXを語るなんでおこがましい話ではあるのですが、私自身は転職してきた時点で怖いもの知らずだったなと。こういう場合、大抵はそこで忖度してしまいそうですが、DX推進室長として着任した手前、そこは妥協することができなかったですね。
そんな中、社内公募で人材を集めることにしました。周囲からは「外部からプロを呼んだほうがいい」と散々言われましたが、それは違うなと。現場がわかっているメンバーでなければ、DXって進められないんです。もちろん私もDXと並行して現場を勉強していたけれど、「教室」という現場を知っているプロフェッショナルが絶対に必要です。
DX推進としての基本方針と戦略概要を全社の朝礼ミーティングで説明させていただく機会をいただいたのですが、DXに興味を持ち、課題を解決したい、組織をより良くしたいという社員からの応募が多数あったんです。DXで事業を変革したいという志のあるメンバーに仲間になってもらい、徐々に味方を増やすのが早いなと思いました。
最初に着任してきてくれたのが、教室長として実績のあった伊藤佑将です。私は子どもを持つ保護者としての目線、彼は教室長という目線でDXを捉えることができました。私が持っていない経験や考え方を毎日のようにディスカッションしていましたね。その後、DX推進室には新たに4名が加わりました。
まずどのようなDXに取り組まれましたか?
谷口 DX推進室として期待されたことは、①デジタルマーケティングとしてのDXと②情報システム面でのDXでした。当社でDX化を考える上で、入塾前と入塾後ではやるべき施策が異なるという点からまず整理しました。企業としては入塾前の部分を強化したい。でも現場レベルの社員の方たちとヒアリングすると入塾後の部分を改善したいと、意見が分かれました。入塾前と入塾後、それぞれのDXを進めていこうとスタートしました。
横這い市場で勝つためには顕在層と潜在層の顧客がカギ
入塾前、入会促進に向けた取り組みをお聞かせください。
谷口 入会促進に向けて、マーケティングファネルの入り口となるデジタル上の顧客接点を増やし、問い合わせを効率的に増やすことにしました。Webサイト訪問→問い合わせ→面会設定→入会が一連の流れとなるのですが、結局は確率論なので、生徒/保護者とのタッチポイントを増やしていくという基本的なところからスタートしました。
顧客インサイトを理解すべく、アトリビューションの可視化を行うため、MAツールを導入し、問い合わせした保護者様がどういう経路でお問い合わせに繋がったのかを分析できるようにしました。
私が長年経験してきたBtoBやECだと、お問い合わせや注文までに1週間程度Webサイトの訪問を繰り返し、検討を重ねてCVするケースが当たり前だったのですが、学習塾の場合は、そのサイクルが非常に短く、ほぼWebページを回覧することなく、数時間でお問い合わせ完了している傾向が強い。いわゆる指名層なんです。
これは、明光義塾の認知度が高く、全国に教室を展開しているからだと思うのですが、ならば、まだ明光義塾を知らない、または塾探しをしているような潜在層や顕在層へ他塾よりも早くアプローチすることが重要だと考えました。
今は子供の数が、総務省の予想より8年前倒しで減少している状況。だけど個別指導や学習塾の市場はコロナ以降も横ばいというか微増なんですよね。市場が横這いということは、客単価が上がっているということ。市場をみんなで奪い合っている。我々としては顕在層と潜在層の顧客を取りにいかないといけない。塾をこれから探している人、受験は控えていないけれど、“英検合格”、“高校受験”と潜在的または顕在的にニーズをもつ層の顧客を呼び込む戦略に変えました。
具体的なデジタル戦略について教えてください。
谷口 一つ目が、Web広告。明光義塾の公式サイトに訪れる約7割近くが、スマホかつGoogle経由なんです。ならばGoogleのロジックにしっかり対応していこうと思いました。指名キーワードを「明光義塾」のキーワードに頼らず一般キーワードとなる「個別指導塾」などのキーワードで広告表示されることで、今までアプローチできていなかった顕在層にリーチできるようになりました。
二つ目は、MEO。各教室をGoogleマップ上に表示されるGoogleビジネスプロフィールに上位表示させることで、顕在層の目につきやすくしました。これまで明光義塾においてMEO対策できていたのは全教室のうちのわずか3割。Googleビジネスプロフィール整備・強化したことでMEO経由の問い合わせが大幅に増加し、年間を通じて安定したお問い合わせをいただけるようになっています。
三つ目は、SEO。Googleの検索結果に上位に表示させることで、コストをかけることなく明光義塾のWebサイトに誘導することを可能にしました。コラムサイトによるコンテンツSEOの強化やOGP対応など、まだ課題は多いですが、徐々に効果が出てきて従来比の 1.2倍の成果が出ています。
四つ目は、3rd Party Cookie対策。公式サイトから離脱したユーザーに動的にLINEの友達登録を促し、ナーチャリングしていく。これを“マーケティングのCX体験”と捉えています。例えば、チャット内アンケートで「中学1年生ですか?」と回答された場合には、中学1年生に対する学習提案のメッセージを出すなど、困っていることに対してチャットのやり取りで自動的にできるように強化。チャットのやり取りの中で、入塾前に何を求めているかがわかるので、公式サイトのバナーデザインなどクリエイティブの部分に反映できるようになりました。
曖昧な訴求から確実に顧客に届くデジタルマーケティングの訴求へ
基本的なことを改めて見直し、顧客となる生徒保護者のニーズによりダイレクトに届くDX戦略を進められてきたことが、よくわかりました。
谷口 マーケティング全般において基本となるのがセグメンテーション(市場細分化)、ターゲティング(狙う市場の決定)、ポジショニング(自社の立ち位置の明確化)、いわゆるSTP分析をしっかり捉えること。例えば、東京の教室と秋田の教室では、求められる条件も競争条件も当然異なる。ここを理解しないと、ユーザーへの広告訴求やデジタル訴求は本来できないんです。2023年度は、地域に根差した明光義塾のファンを増やしていく「ファン・イノベーション」戦略を掲げました。2022年8月から2024年9月までの中期3カ年経営計画として盛り込んでいます。エリアデジタルマーケティングで実現していきたいと考えています。
エリアデジタルマーケティングとは、具体的にどんなことを行っていますか?
谷口 まずはSEO。CMSの仕組みでメタ情報を構造化して進めていくことで、地域毎、教室毎に訴求するタイトル、ディスクリプション内容を変更していきます。特にGoogleにおいて「明光義塾」という検索キーワードは他塾と比較しても圧倒的なボリュームを誇っています。しかしながら、都道府県単位や市区町村レベルでは、安堵していられないのも事実です。今後は地域毎に選ばれ続ける明光義塾を目指して、エリアデジタルマーケティングを強化していくつもりです。
特に、地域単位でフレキシブルに対応可能なデジタル広告の展開を明光ネットワークジャパンの子会社である「Go Good株式会社」が担っています。DXを進める中で、新しいチャレンジをスピードをもって対応できるよう設立しました。地域の教室毎に異なるSTP戦略に応じて、例えば半径指定で1km~3km圏内・年齢属性、デモグラフィックデータを用いたアプローチを展開していきます。
新会社「Go Good」での他の取り組みがあれば教えてください。
谷口 「Go Good」では、明光義塾のスマホ学習アプリも開発。中高生英単語や中高生漢字などが学べるものです。これらを既存の生徒さんにお配りしたり、明光義塾にまだ通ってない子供たちに興味をもってもらえるように訴求したり。アプリからも問い合わせを促しています。中高生の91%以上が自分専用のスマホを所有し、自ら情報を検索し収集する時代。オーディエンスターゲティングや属性ターゲティングでは、未成年である中高生を確実にターゲティングするには無理がある。学習意欲の高い中高生の行動に注目し、中高生のみが利用する媒体に着目することで、確実なターゲティングを行います。
それから、メタバース空間上で進学相談会を開催するなど、新しいことどんどん実行する予定。そこには明光義塾で培ってきたデータやノウハウが詰まっているんです。イノベーション的な実験は「Go Good」で行い、グループに還元していきたいなと思っています。
後編に続きます。
どんなにデジタルが進んでも基本は対面にあり。明光義塾のファンを作り離さない技術―明光義塾のDX戦略 後編―