“ワクワク=時間価値が高い”と定義 IT出身者がアパレル業界のDXに新風
目次
株式会社エアークローゼット
代表取締役社長 兼 CEO
天沼 聰 氏
英ロンドン大学卒業後、2003年にアビームコンサルティング株式会社に入社し、IT・戦略系のコンサルタントとして約9年間従事。2011年より楽天株式会社 (現 楽天グループ株式会社)にて、UI/UXに特化したWebのグローバルマネージャーを務めた後、2014年に株式会社エアークローゼットを創業。オフィスカジュアルから普段着まで幅広いお洋服が届く、月額制ファッションレンタルサービス『airCloset(エアークローゼット)』・メーカー公認月額制レンタルモール『airCloset Mall(エアクロモール)』・ディズニーアイテムのファッションレンタル『Disney FASHION CLOSET』を運営。また、『パーソナルスタイリング診断』等も展開。
DXは目的ではなく、あくまでも手段として当たり前に使う
株式会社エアークローゼットの事業について教えてください。
天沼 月額制ファッションレンタルサービス『airCloset』を運営しています。「新しいサービスだね」と言われることがあるのですが、ウエディングドレスなどもファッションレンタルのひとつですよね。江戸時代には、ふんどしのレンタルもあったとか。“ファッションレンタル”自体は以前からあったんですよね。ただ、普段着レンタル・月額制のサブスクサービス・お客様にファッションを提案するパーソナルスタイリングという点は、我々が構想してスタートしたビジネスと言えると思います。
サービスの構想は、どこから生まれたのでしょうか?
天沼 創業メンバー3人で何をしようか考えたとき、パッと流行ってすぐになくなるようなサービスではなく、長きにわたって人のライフスタイルが豊かになるサービスを作ろうと思いました。じゃあ、それって何だろうと考えたとき、すべての人が平等で持っているのが“時間”だなと。人が億劫だな、面倒だなと思っている時間を少しでも減らして、ワクワクしている時間が増えるようなことを提供したい。“ワクワクしている時間=時間価値が高い”と我々は定義しました。
「“ワクワク”が空気のようにあたりまえになる世界へ」がビジョンですよね。
天沼 人々の衣食住を考えたときに、ワクワクを一番つくれそうだなと思ったのが、“衣”のファッションの部分。ファッションの領域で何かやろうと考えたとき、特に、時間価値を感じやすいのは“女性”だと思いました。仕事が忙しくなるとファッション誌を見る時間は減り、結婚すると自分の時間は限られ、マタニティ期は歩くスピードも変わる。ライフステージの切り替わりで、自分の時間の使い方を変えたり考え直したりする機会やきっかけが、男性よりも多いんじゃないかなと。そんな女性たちのために、何かできないか。私たちは“お洋服との出会い”を提供したいと思いました。「ゆっくり買い物する時間がない」「ファッションがマンネリ化している」「新しいブランドを開拓できない」という女性の課題を解決すべく、女性向けでサービスを展開しています。
創業メンバー3人がIT出身ということでファッション関係に知り合いがいなかったとか。
天沼 創業や起業には、いろんなやり方があるんですよね。業界のことを知っていて課題を解決したいと思って始める場合もあれば、すごくいい企画を思いついて始める場合もある。どの始め方も、全部正解だと思っています。私たちの場合は“こういう世界が実現できたら素敵だな”がスタート。じゃあその世界を実現するために、どういうビジネスモデルで、どんなツールが必要なのか。これを考える思考スタイルをずっと貫いています。ファッションについて詳しくなくても“どうしたら実現したい山頂に辿り着くのか”は考えられると思ったんですよね。
デジタルやデータは、全部ツールだと思っています。目的に対して合う手段を選んでいくやり方を試行していかないと、ずれていく。これはビジネスモデルも一緒で“サブスクがいいから、サブスクで何かをやろう”では、目的から逸れてしまう可能性が高い。我々のサービスをサブスクにしたのは、それがたまたま最適だと思ったからです。
サービスが誕生した2014年当時は、“サブスクリプション”という言葉が日本にはまだ浸透していなかった。“アパレル業界のDX”の現状は、天沼さんから見ていかがですか?
天沼 アパレル業界に限らずですが、DXって当たり前だと思うんですよね。サステナビリティとかも“より良い地球にしていこう”って本来は当たり前のこと。ただ、DXが目的化してしまうのは個人的には違うと思っています。
DXの定義は難しいですが、消費者目線でのDXと業界側のDXの両軸があると思っています。消費者側では、コロナ禍の影響で、圧倒的にECの浸透が早まりました。オンラインでの働き方やZoomでのコミュニケーションが当たり前になり、消費者のマインドは一気にDXを受け入れるように。一方、アパレル業界はまだまだDX化が進み切っていないと思います。
アパレル業界のDX化が遅い理由はなぜでしょうか?天沼 いわゆるステークホルダーが多いんですよね。モノづくりをしていく過程で、糸や布やパーツなど縫製をする場所も全部バトンタッチしていくというのが、業界の背景にあると思います。一つの商品が出来上がるまでのステークホルダーが100を超えてくることも。データを受け渡していくためのベースとなる基準が作れるかというと、それこそ国がしっかり音頭を取らないと、難しいなと感じています。例えば、これは業界に入り驚いたことですが、S・M・Lや34・36・38といったお洋服のサイズは、実は規定が定められておらず、ブランドごとに違うんです。私は新卒からIT業界に10年以上いて、定義や規定を前提に進んでいく環境にいたので、この事実には結構ビックリしましたね。
確かに、ブランドごとに同じSでもサイズ感が異なりますよね。
天沼 最近はオーバーサイズが流行りでも、数年前はもう少しスリムなタイト系ファッションが主流だったりしたわけです。定義しづらい部分ですよね。ただ各社でその定義が変われば、統一されたデータを取るのは難しい。こうした背景が、アパレル業界のDX化をより難しくしている一面があるかと思います。
その中でも御社はDXを目的化せず、当たり前として取り入れている。
天沼 スタートアップ企業は組織作りがゼロベースなので、DXが浸透しやすい。アナログでやってきた大企業がDXをしようとすると、DXの部門を編成して推進していくことになりますが、なかなか本体は変わらないというパターンが多い気がします。組織という面からも、既存企業よりも、スタートアップ企業の方がDXを無理なく実現できると思います。
父親が目の前で急死した経験から“時間価値”を学んだ
冒頭で“時間価値”のお話をしていただきましたが、そこにプライオリティを感じた原体験はあるのでしょうか?
天沼 私は幼いころ、父親っ子でいつも付いて回っていたんですね。そんな大好きな父親が、私が小学生のときに心臓病で目の前で他界しました。その体験が痛烈に心に残っているんです。父親と話していた時間がいかに幸せだったか。時間は巻き戻せない。これは父からの最後の教えだと思いました。だから、人が何かを億劫だとか面倒だと感じる時間が非常にもったいないと感じるのです。同じ時間で、ワクワクすることができるのに、と。
弊社の行動指針の一つは“全力で楽しむ!”です。せっかくの貴重な人生で、おそらくいちばん長い時間を費すのが仕事ですよね。自分の仕事を“自分のために”“組織のために”“社会のために”とか何かしら心から納得してさえいれば、絶対に楽しいはず。例えば今「10,000本、鉛筆を削れ」と言われても、そこに意味があると分ければ、きっと楽しんでできる自信があります。
起業当初はご苦労があったかと思いますが、マーケティングで工夫された点はありましたか?
天沼 コンサルティングファームで働いていたとき、“データはどう見るかで変わる”ということを知りました。良い見方をすれば、良い結果に説明することができる。その逆もまた然り。なので“マーケティング調査の結果から、このサービスは成功しそうだ”という分析は、あまり意味をなしてないと感じたんですよね。よくTVで行っている市場調査も、どういう聞き方をしたのか、答えている人が誰なのか、といった要素が本当に公平なものかというと、偏っていることが多くあります。私たちは、自分たちで構想したサービスが、本当に世の中に必要だと心から信じているんです。であれば、やってみたらいい。それでお客様が全く反応しないのであれば、自分たちの仮説が間違えていたということ。
定量的なマーケティングはせず、創業メンバーの“仮説”のみで動き出したのでしょうか?
天沼 肌感は知りたかったので、直接色々な方にヒアリングする形式でリサーチしました。カフェにいる女性に「こういうサービスを考えているんですけど、どう思いますか?」「月額いくらであれば払いますか?」と創業メンバー3人で手分けして問いかけました。今振り返ると、ただのナンパのような感じですけど(笑)。起業当時は金銭的に余裕もないので、マーケティングに何十万円も掛けられないという理由もありましたけどね。
企業に属していると、上に報告をする際「その根拠は?」と問われデータを要求されることが多いですよね。DXにスピードが伴わない原因も分かる気がいたします。
天沼 確かに、説明責任を果たさなければいけないポジションの方は、そのためのデータを集めなければならないというのは当然ありますよね。そういった相談はすごく多いです。難しいのですが、やはり経営陣が踏み込んでクイックに動かないといけない。説明責任を果たす人にリスクがある以上は、DXも進みづらいと思いますね。
データを見すぎず意思決定をするのは、ちょっと危ないというか、なかなか周囲を納得させることが難しいのかなという印象です。御社の場合、どのように社内の統制を取られているのでしょうか?
天沼 私自身、組織作りがすごく好きなんですよね。今は変化の多い時代。組織に一体感があり、方向転換のスピードが早いと生き残る確度が高いと思っています。“強い組織”よりも、“変化に適応できる組織”。ビジョンやミッションの共有やコミュニケーションの深さに対しては、すごくこだわりを持っています。
具体的には、どのようなコミュニケーションを取られていますか?
天沼 我々は毎週、全社会議をしています。私から冒頭20分ほどでそのとき考えていることを話した上で、全グループのKPI共有など行うというもの。創業時から続けることで、情報の透明性を高め、全員がその情報を知っている、かつその組織が何をいちばん大事にしているかを知っている、お客様の感動体験が大事というのを共有した状態を作っておく。これはすごく重要だなと思います。
あとは、お互いの呼び方をニックネーム制にして、役員と社員もフラットな関係性を築いています。社員は私を「社長」や「天沼さん」ではなく、ニックネームの“Ash(アッシュ)”と呼びます。社長室も設けてないですね。人間はみんな平等。役割ごとの上下関係はありその認識はすべきですが、人としてコミュニケーションを取るのは平等でいいと思っています。
優秀なDX人材は“仮説をしっかり立て続ける人”
AIの精度が急激に高くなり、分析・解析などは、人力よりも遥かに質の良いデータが出せるようになると思います。そのとき問われるのは、人間の資質やスタンスなのかなという気がしました。
天沼 仮説思考であることが、データサイエンスという点においては大事だと思っています。明確に思うのは、データ分析やコンピューターができることよりも、予測不能な未来を作る観点のほうが重要だということ。そのために、仮説を立て続ける。人は皆、何らかの仮説を立てて自然と生活していますよね。例えば“あの人とあの人はこういう関係だな”と友だちのコミュニケーションを変えたりする。それと同じように、ビジネスのアンテナを高くして仮説を立てて、合っているか合っていないかを検証していきたい。合っていなければ仮説の立て方を変えていく柔軟性も必要ですが、仮説をしっかり立て続けることができる人が、今後活躍していく人材だと思います。
“仮説を立て続ける”ことが、DXの時代に問われるんですね。
天沼 再現性がある人材であればあるほど、データ活用やデジタル活用の際に大切にされていくと思っています。アナログ時代は、ものすごく大きな結果が出せれば、イコール優秀と見られたかもしれない。今はデジタル時代になり“ちゃんと積み重ねて、結果が平均的に高く出るような状態が作れるか”が大事。再現性のあるPDCAを回していくことを組織でも個人でも大切にしていますね。
最後に、御社の今後の展開についてお聞かせください。
天沼 女性向けのレンタルサービスという主軸を置きつつ着実に成長を続けることが大前提ではあるものの、メンズやシニア、キッズ、マタニティと領域を広げていきたいと思っています。物流に関しては、自社で倉庫管理のシステムをフルスクラッチでゼロから内製化して、特許を取得しました。循環型の物流を作ることは非常に難しく、コツコツ改善していかないといけない。例えば、他社がファッションサブスクをやりたいなと思ったときに、いちばん難しいのがこの物流を作ることなんですね。相当なコストと時間も掛かってしまう。そのシステムを作ってきた我々が、汎用的に他社のお洋服をお預かりして、フルフィルメントのサービスとして動きが取れるような施策を進めています。
アパレル業界のファッションサービスが、よりスタートしやすい環境をできる限り提供していきたいとも考えています。ファッションサブスクやパーソナルスタイリングの価値は、時間価値が高まるなかで、絶対に必要なものだと私は心から信じています。それが広がりやすい環境作りをしていきたいですね。