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インタビューインタビュー

東大卒・破天荒蔵元の酒造りDX 後編  明治生まれの老舗酒蔵でウイスキー!?「正解がない」から好奇心のままに挑む

東大卒・破天荒蔵元の酒造りDX 後編  明治生まれの老舗酒蔵でウイスキー!?「正解がない」から好奇心のままに挑む
西堀酒造六代目蔵元・西堀哲也さん。前編では西堀さんの興味深い経歴からDXによる労務改善などのお話をお聞きしました。後編では、超アナログ業務が徐々に改善したことでウイスキー造りなどにもリソースを割けるようになったことや輸出に力を入れていることなど、新規事業のお話を中心にうかがいました。常に新しいことを仕掛ける西堀さんの酒造りに対する直向きな姿勢と熱い思いに触れることができました。

目次

西堀酒造
六代目蔵元
西堀哲也氏

1990年、栃木県小山市出身。2013年東京大学文学部哲学科(思想文化学科哲学専修課程)卒業。在学中は東京大学硬式野球部に所属する。卒業後、ERPシステム開発会社に入社しエンジニアに。2016年末、家業を継ぐべく西堀酒造株式会社に入社。日本酒をはじめ、焼酎、リキュール、スピリッツ、ウイスキーを製造する。

前編の記事はこちら↓

東大卒・破天荒蔵元の酒造りDX 前編  ITエンジニア出身のエリート六代目が味わったド級のアナログモノづくり


ウイスキーをフックに日本酒へ誘導

日本酒の市場規模についてお聞かせください。

西堀 日本酒産業のメーカー市場規模は約4,000億円。ワインはフランス一カ国だけで約一兆円の輸出があるのに対し、日本酒は400億円程度です。現状、9割以上は国内消費ですね。


蔵元を引き継いでからは、輸出にも力を入れているんですよね。

西堀 欧米では“価値のあるものにお金を払う”という感覚があるんですよね。量は少なくてもしっかりブランディングをして海外に打って出ることは、一つの軸に据えなければと思いました。そこに紐付いて他のプロダクトも引き上げられる。日本の酒蔵は日本酒の最終製品しか見ていないことが多いですが、それではスペック競争で終わってしまう。どんなシーンで、どんな料理と合って、どんな器で…と領域を広げれば、もっと裾野が広がると思うんです。日本酒=和食と合わせる、だけでない別の側面も見せる、パッケージを自分たちで作って発信していくことが必要だと思います。


特に海外の方に紹介するときは、何と何を組みわせたら良いのかを提案することは必要そうですよね。

西堀 海外の方から見たら、日本酒は「異国のよくわからないお酒」なんですよね。和食のときにしか飲まないのかな、とか。海外の日本食レストランへの日本酒の普及はかなり広がっているのですが、それは日本酒産業としての努力というより、日本食ブームに紐付いただけであると言っても過言ではない。となると、日本酒の蔵元なり、酒造りの最前線にいる人達がしっかり伝えていく努力や理解をしないといけないんです。


ウイスキーの製造にも着手され力を入れていますが、なぜそこに踏み込まれたのでしょうか?

西堀 昨年はウイスキーにつきっきりでしたね。特に“清酒酵母100%のウイスキー”を造ることにこだわりました。全く事例がなく、現在の方法を見つけるまでに足掛け1年。ようやく骨格は整った段階なので、他の社員に引き継いでいければと思っています。

ウィスキーの蒸留所。タンクを近くで見学できるようになっており、試飲できるコーナーもある

ウイスキー市場は世界的にも追い風。クラフトの文脈でいえば、いちばんブランディングもできて、こだわったことができるのがウイスキーだと考えました。なんといっても全世界の人がわかるくらい市場規模が大きい。日本酒の市場とは桁が違います。そこでウイスキーを飲んだとき“何なんだこの不思議なフレーバーは”と思ってもらえたら「実は日本で造っている日本酒由来のものなんです」となり、國酒である日本酒にお客様を誘導できる。そうなることが最終目標です。

参照元:財務省 広報誌 日本酒の需要拡大における情報の重要性https://www.mof.go.jp/public_relations/finance/202111/202111i.pdf


世界的ブランドとなりうるマーケットということですよね。

西堀 熟成が必要なので、3年間資金が寝てしまうのは仕方ないこと。ただ製造的な面で見ると、日本酒は要冷蔵で1年以内に飲みきらないと古酒といわれてしまいますが、ウイスキーは常温で全く劣化することなく、むしろ熟成が進む。日本酒は時間がたつほど価値が下がるのに対し、ウイスキーは価値が上がる。その点も違います。


日本酒とウイスキーの製造面での親和性はあるのでしょうか。

西堀 日本酒を作る際に精米をしますが、副産物となる米粉(吟醸粉)も有効活用できています。しかもそれが独自性になるんですね。通常だとグレーンウイスキーと呼ばれるジャンルはコスト面から考えて造らないのですが、私たちは生産量が少なくなっても造る意義があるので造る。ウイスキーは数万円だろうがその希少性が価値反映される一方で、日本酒は数百円でもシビアな世界。その違いが面白くもあります。


ウイスキー造りを始めてから気付かれたことはありますか?

西堀 ウイスキーはまだ商品にならない未来のお酒を“応援したいから買う”という気持ちで購入してくださる方が多くいらっしゃる。ウイスキー造りやクラウドファンディングなどを通して、改めて気付きました。

無味乾燥な味やスペックだけの商品比較だけではない。土台となる日本酒蔵としても、本当に多くのお客様に支えられているなと。

新規事業も思い返せば、最初から見えていた路線というより、動きながら思いつくことのほうが多かったです。これをやったらできるんじゃないか?と調べる中で、こんな研究をしている人がいたんだ、こんな変わったこともあるんだなど知っていき、さらに思いつく。ウイスキーを清酒酵母で造りたいという思いで始めましたが、最初はスコットランドに装置を発注すると納品までに14カ月掛かると言われまして。補助金などの事情から10カ月以内には形にしないといけなかった。これでは輸入していたら絶対に間に合わない。

国内調達を条件とする中で根本に立ち返り、むしろ“なぜポットスチルがいま一般的なのか”っていう仮説を立てて調査し考えていったことで、新しい方法が見つかったんです。

結果、減圧蒸留も可能な国産のステンレス蒸留器の改造対応で、原理的に全く問題なく、むしろ可能性が広がることが分かりました。



不確実性時代は正解がわからないまま走ったっていい

学生時代から今日までのお話を聞いて、何事もひたむきに取り組まれてきた部分は変わっていないのかなと。西堀さんは導かれるように今の道に進んでいる印象です。

西堀 ウイスキー造りに関しては2020年段階まではみじんも考えていませんでした。野球選手がサッカーが上手いとは限らないように、「酒造り」と一口に言っても全く異なることへのチャレンジ。素人同然だったわけです。コロナ禍で日本酒以外に事業の軸を立てる必要性を感じ、事業再構築補助金を逃したらダメだなと書類を出してみました。何をするかは通ってから考えようと。幸い申請がいざ通ってからいろいろ徹底的に調べて、製造面含めまずは自分で全部やると決めました。試行錯誤する中でキャッチアップしたという感じです。


行動しながら考えていらっしゃるんですね。

西堀 私は化学は赤点だった人間なので(笑)。基本の部分はかなり排除してしまってるんです。“こういうのが必要だ”と必要に迫られて周辺領域を事後的にキャッチアップするというか、ピンポイントでこれをやらなければ!というところから逆算して辿っていく傾向があるかもしれません。不確実性時代は正解がわからない中で走り出さなきゃいけないこともあると感じています。


お父様もイノベータータイプなので、そのDNAがしっかり受け継がれているように感じます。

西堀 前編でお話しした透明タンクの着想自体は、父が発端。同じようなことを考えていた人は他にもいると思いますが、実行に移そうと思う人はいなかった。たとえば、日本酒蔵が他のお酒を造ることに対して、美徳として嫌がる方もいらっしゃります。しかし父は、焼酎やリキュールの免許も取得していた。日本酒だけの世界を見ているわけじゃないというのは、そばで見ていても思いますね。


“ただの作業”になるような酒造りはしない

西堀さんはワクワクする実験をしているかのようにお酒造りをされているように感じます。

西堀 「こうしてみたら、どうなるんだろう?」という好奇心が大きいです。伝統の味を守るという考えのもと、不変の商品ラインナップもありますが、それだけだといつかは消えてしまう。時代に合わせて変化させていかなければ次には繋がらないという思いはずっとあるので、何かしらの試みをしようと心掛けています。そしてそれを面白いと思う節もありますね。何もしなければ生き残れない産業。誰も正解はわからないし、そもそも正解がない面白さは、学生時代に研究した哲学に通ずるものがあります。


哲学も酒造りも正解はない。慣習にとらわれずに取り組んでいるからこそ、変革が生まれています。

西堀 最終成果の商品も保存状況でも変わっていく。一つとして確定したものがない。そしてお酒一つで海外でも誰とでも仲良くなれる。昔から“酒屋万流”という言葉があります。酒造それぞれに思想がある。“こうあるべき”という正解はないんだよということ。職人は、質の追及に余念がありません。伸び伸びと酒造りに打ち込めるのが一番理想です。ただ経営者側になると、質を高めることと同時にビジネスの観点からも見ていかないといけないのは難しいですけどね。ただの実験ならいろいろできますが、売らないといけない。ものづくりと効率化はベクトルが逆行するので葛藤も多いですが、だからこそ感じられる醍醐味もあります。


今回取材をさせて頂く中で、今後はお酒をより味わって飲みたいと思いました。

西堀 弊社の規模では大手さんと戦うと負けが見えているので、そこは独自性や個性の路線で進むほうがいいかなと思っています。幸か不幸か製造免許を5つも持っているので、いろいろ造れるんですよ。お酒造りが好きな人にとっては、日本酒もウイスキーもジンも造れる環境はかなり面白いんじゃないかと。人手不足が叫ばれていますが、弊社は求人媒体などには一切出していなくても、ホームページに直接採用への応募が来るほどです。


10年後くらいのスパンで見えている世界はありますか?

西堀 海外比率をしっかり高めていきたいですね。2025年にウイスキーが完成するので、大々的にしっかりと回転し始めるのが理想です。日本酒筆頭で海外に営業する王道路線もありますが、たとえばウイスキーから攻めてみる。洋酒のジャンルを突破口に日本酒の認知を図ってブランディングするのも一手だと思うんです。製造規模としては無闇に工場を新設することはしたくないですね。細かい手が届かず“ルーティン作業”になってしまう酒造りほど残念なことはない。決まった作業だけをただやっていても、面白くないですからね。どうやったらもっとおいしくなるのか、探求心を持ちながら酒造りをしていきたい。



伸び代の大きい日本酒。西堀酒造さんのような酒蔵が存続していくことは業界にとっても、日本の文化にとっても貴重です。

西堀 今、日本の酒蔵は月に3件のペースで廃業しているとも言われています。海外資本もどんどん買いに来ていて、M&Aのケースも増えています。国としてもリスクに感じてはいるものの、この流れを食い止めるまでには至っていません。地域に根ざす酒蔵の廃業で失われるのは、単なる工場機能だけではないはずです。

私自身、ウィスキー造りなどに携わってみて改めて実感したのが、日本酒造りは段違いで手間暇がかかるということ。やっぱり一番汗をかいて造っているのは日本酒だと自負しています。だからこそ、日本酒は売上原価がほかの酒類と比べて圧倒的に高く、これまでのやり方だけで存続することはかなり難しいでしょう。職人でなければできない絶対領域を守るためにも、デジタル化できる業務は置き換えていく必要があるのではないでしょうか。労働環境含めて報いのある世界にしたいです。

ポジティブな面としては、クラフトムーブメントの世界的潮流が来ていて、産業として救済しようという動きや応援してくれる人や目を向けてくれる人も出てきているのも事実。それがうまく価格に反映できるのであれば少量でもしっかりといいもの造り、それに相応の価値で売っていけるようにしたい。

リモートワークが普及しても、「ものづくりは」現場に出ないとできないというのが実感です。手を動かして目に見えてプロダクトが出来上がる過程を、自分の五感で感じられる。その喜びは何物にも変え難いですね。人の手でなければできないことに力を注ぎ、アナログな酒造りだからこそ広がっている可能性や面白さも含めて発信していきたいですね。

 



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