• ホーム
  • インタビュー
  • 東大卒・破天荒蔵元の酒造りDX 前編  ITエンジニア出身のエリート六代目が味わったド級のアナログモノづくり
インタビューインタビュー

東大卒・破天荒蔵元の酒造りDX 前編  ITエンジニア出身のエリート六代目が味わったド級のアナログモノづくり

東大卒・破天荒蔵元の酒造りDX 前編  ITエンジニア出身のエリート六代目が味わったド級のアナログモノづくり
1872年創業、栃木県小山市の国登録有形文化財にも指定されている西堀酒造。そこで六代目蔵元を務めるのが西堀哲也さんです。「酒蔵」というアナログ業務のビジネスをものともせず、数々の型破りなDXを実行しています。東大哲学科卒業→ITエンジニア→酒造業界という異色の経歴も相まって、その実績は業界外からも注目されています。前編では、そんな超アナログな酒造業界に一石を投じた西堀さんに、酒造を継ぐに至った経緯と社内の業務改善をどのようにはかっていったのかなどをうかがいました。

目次

西堀酒造
六代目蔵元
西堀哲也氏

1990年、栃木県小山市出身。2013年東京大学文学部哲学科(思想文化学科哲学専修課程)卒業。在学中は東京大学硬式野球部に所属。卒業後、ERPシステム開発会社に入社しエンジニアに。2016年末、家業を継ぐべく西堀酒造株式会社に入社。日本酒をはじめ、焼酎、リキュール、スピリッツ、ウイスキーを製造する。


大学4年間は読書に没頭 “暫定的な世界に対する認識”を培った

まずは西堀さんのご経歴についてお聞かせ下さい。東京大学文学部哲学科を卒業されたと知り、興味深く感じました。

 西堀 酒造を継ぐとなったら、一般的には農学部などに進学することが多いですからね(笑)。小中は出身地である栃木県小山市の学校で、高校から都内の私立に通わせてもらいました。そのまま大学も東京で哲学科へ。父に「酒造りは酒造に入ってからいくらでもできる」といわれ、興味の赴くままに哲学を学ぶことにしました。

大学1年生のときはまだ専門課程を決めるまえで、いろんなジャンルを取捨選択できたんですね。そこで哲学の授業だけが、唯一答えがないというか。先生自身も考え続けている。単純に知識を詰め込んだり、暗記するのとは違う。そこが面白かったんです。本を読み始めたらすごくハマってしまいました。学問は一般的に文系・理系と分けられていますが、哲学は世の中の事象全体を考えられる。文系としてくくられがちですが、科学哲学という理系的な領域があったり、論理学という数学的な領域があったり。正解がないのでどこ目指したらいいかもわからない、という特異なところが興味深い。大学時代は読書にかなり時間を割きました。


まずは本を読んでインプットしよう、と

西堀 本の虫のように次から次へと本をむさぼり読んでいましたが、同時に「どれだけ時間を掛けてもこの世の本を読み尽くすことはできない」ということも実感してきました。そこで大学4年間を一つの区切りとして決め、卒業するまでに自分なりの暫定的な世界に対する認識を持ちたいと考えました。偏りのあるジャンルではなくいろんな分野の本を読むようにしましたね。働き始めたら、読書の時間を作るのは難しいと思っていたので。


大学在学中は硬式野球部にも所属されていたんですよね。

西堀 部活漬けの日々でもありました。ただ、3年に上がるタイミングで肘を怪我してしまい、手術も受けましたが復活が難しくなってしまった。ならば心機一転と、さらに読書に没頭。卒業までの2年間は、朝から書店に行き本を読むような生活でしたね。


読書のスピードを加速させた、西堀さんにとって特別な出会いになった1冊はありますか。

西堀 最初に衝撃を受けたのは高橋昌一郎さんの新書『理性の限界』。歴史学や哲学、数学者の観点など様々な分野から書かれているんです。例えば、多数決は何かを決定する方法として本当にいいのかとか、パラドックスの話とか。読めば読むほど、その人の立つ位置によって何が正しいかは変わってくるというのが明白になりました。当時、数学は絶対だという勝手なイメージがありましたが、それすらも覆される。正解だと思って暗記してきた知識は、正解とは限らないと確信を得たといいますか。だとしたら、自分で「こうだ」と思うことを自分なりの解釈で構築していく道が、エネルギーを一番発揮できていいんじゃないかなって。そんな感覚に陥りました。さまざまな分野のことを知り、こういう世界もあったんだと、視界が一気に開ける感覚になるのは、すごくおもしろい。読書が当時は知らなかった世界を開けてくれたんです。



大学生でその域に到達したということですよね。その知的好奇心が生まれた原体験はあるのでしょうか?

西堀 今でも鮮明に記憶しているのが、中学時代に県外の夏期講習を受けたときのこと。勉強はそれなりにできると思っていましたが、全く太刀打ちできず人生で初めて0点を取りました。自分はまだまだなんだと思い知らされ、「外の世界を知る」ことの重要性を痛感。そこで、栃木から最短距離で通える池袋の高校に通わせてもらうことにしたんです。県外に出ることで、見識が広がるんじゃないかなと。実際に静岡から通う同級生もいましたし、自分とは生まれ育った環境や価値観が異なるいろんな人との出会いが生まれました。


高校からご自身の意思で選ばれたんですね。そこから大学で哲学を学び、エンジニアの世界に飛び込んだのもユニークですね。

西堀 新卒では勘定系のエンジニア職でIT会社に就職しました。当時、エンジニアの世界は全然知らなくて。パソコンもワードくらいはできる程度。特にITが好きというわけでもなかったのですが、その時代に社会を大きく動かしているエネルギーが溢れている業界はどこなんだろうと思ったんですね。会社説明会に参加しているうちに、IT業界が楽しそうだなと。いろいろな企業を見ましたが、その会社はちょっと変わった人達がいっぱいいて、好奇心を刺激されました。


文系のSE職としてはご苦労も多かったのでは。

西堀 高校から情報工学を学んでいる同期もいる中でのスタートだったので、最初は全然ついていけませんでした。けれどその会社は“文理は問わない。文系の人でも伸びる場所がある”という考えだったので、ITに強いわけではなかった自分でも、力を発揮していける土壌がありました。


西堀さんのお父様であり五代目蔵元の西堀和男さんは、当時の酒造としては珍しい酒造内に販売店のエリアを設けたりと固定観念を取っ払っていますよね。

西堀 そうかもしれません。父親も当初は酒屋さんからいろいろ言われることもあったようですけどね。僕も酒造りの業界に入ってみたいという人に対して経験は絶対に問いません。そこで変にバイアスがかかっちゃうと、最初から視野が狭くなる可能性もあるんじゃないかなと。未経験だって、できる人は絶対できる。実際に、不動産業界や公務員からの転職者も採用しています。同じ業界からだけでは視野が狭くなるので、いろんなバックグラウンドを持つ人は大歓迎ですね。

敷地内にある販売店


自分の当たり前は通じない 3年は酒造りに精進


エンジニアを経て2016年に西堀酒造に入社されました。当時の思いを聞かせてください。

西堀 全盛期から比べれば、西堀酒造単体としても日本酒業界自体も落ち込んでいるのは明らか。課題は、一つ二つの話では到底なく、山積みです。

戻った頃、社内には充分なパソコンすらなかったので、あらゆる業務が基本手書き。例えば帳簿。酒税なので毎月申告するのですが、オンラインのデータだと「改ざんできる可能性がある」という意見から、全部手書きにしていたそうです。また、酒造りの工程で温度チェックを定期的にするのですが、その温度も全部手書き。「データ」として蓄積させることなど到底できない状況でした。「昔の担当者が言っていたから」という理由で続けてきたこともあるんですよね。取引先には月末に出向いて集金する、昔ながらの商慣習にもビックリしましたね。


山積みの課題は、一社で解決できることもありますが、業界的に“なんでこんな変なことがまかり通っているんだろう”ということを強烈に感じたのを覚えています。


課題解決としてアナログからデジタルにというのは明白ですが、なかなかこれまでの当たり前を変えることは容易ではないという気がします。

西堀 データ入力くらいはできるだろうと思い、一人一台パソコンを支給するも、パソコン自体を全員が使えるわけではない。前職で勤めていたエンジニアの世界では考えられないことでしたが、私自身がその考えを改めないといけませんでした。出向いての集金も、対面でコミュニケーションすることで信頼関係の構築につながっているのも事実です。全部をガラリと変えることは、到底できない。ただ、あくまで内部業務なので、どんなに手間を掛けても利益を生まない。その業務のために疲弊していることも事実だったので、少しずつ変えていく必要はあると考えていました。やり方次第で効率化できるのにと思いつつ数年ほどは悶々としていましたが、ようやく最近に入りシステム入れ替えのタイミングができたと思っています。


“業務改善”という言葉も通用しない世界での改革となると、反発や軋轢も生まれるのが常。どのように進めていったのでしょうか。

西堀 後継者とはいえ、いきなり入ってきた若造がトップダウンで伝えて改善できるはずもない。まずは朝から夜まで酒の仕込みから何から何まで全部やる、というのを3年は意識していました。製造の細かい話もできる状態になって初めて、自分の中で意見して話せるようになる。ようやく酒造り以外のことに着手できるようになりました。同じ言葉でも、酒造りの難しさ大変さを現場で経験している人間かどうかで、伝わり方が全然違うんですよね。ワンシーズンだけ働いたくらいじゃ業界でも認められない。



“とりあえず3年”は酒造業界では必須なんですね(笑)

西堀 3年やると、具体的なこともわかるようになります。酒造業界は、これまである程度のことは“工夫”でしのいできた部分があるんですよね。例えば、機械が壊れた時、「修理に出せばいい」と考えるのが一般的かもしれませんが、特殊なゆえに外注すると時には莫大な金額が掛かってしまう。そんな馬鹿馬鹿しいことにならないためにも、門外漢だろうと仕組みを把握しておき、ある程度自分たちで工夫し、時にはDIYで道具を作り対応できる必要があると思います。

敷地内の4つの建造物が国の有形文化財に指定されている


とはいえ重労働と超アナログなままでは、働く人たちの負担が大きいまま。デジタルに置き換えられるものは置き換え、新しく酒造業界に入る人たちにも希望が持てる職場環境にしたいです。


温度管理の特許取得システムで業務効率化に成功


山積みの課題について、優先順位はどのように考えていましたか?

西堀 まずは内部だけでできることから始めました。これまでファイル共有サーバーなど一切使われていなかったですが、見積書など紙で届いたものは全てPDFにしてもらうように。今もFAX注文が半数以上で、メール注文は2割以下。全部を電子化することはどうしてもできないんですよね。メールがない取引先もたくさんあるので、強行したところでビジネスが成立しなくなってしまう。


一箇所だけが最適化したところで、業界自体も変わらないと難しいですよね。

西堀 オンラインショップも立ち上げたのですが、それに関しても反対意見はありました。メーカーが直接消費者に商品を届けることで、既存商流に支障をきたしてしまう、とか。


2017年にはクラウドファンディングで古代米純米酒新型リキュールを使用した『愛米魅 I MY ME(アイマイミー)』を限定先行販売されていました。

西堀 こういう売り方もあると教えてもらい試したことは、新しい扉が開かれた瞬間でした。営業に行き酒屋さんから注文を取るというスタイルとは、全く異なりますよね。これまでに6回のクラウドファンディングを行い、新商品開発の速度を上げていきました。


職人の領域でもこれはデジタル化できるのでは?と思う場所はありますか?

西堀 醪(もろみ)の温度管理です。醪は、発酵中の液体のことをいいます。今までも深夜は難しいので温度計測を諦めていましたが、2〜3時間に1回はチェックして手書きでメモをしていたんです。10本ほど仕込んでいる時期となれば、それだけで3分×10本で30分掛かってしまう。シンプルな作業ですが、すごく手間がかかっていました。当初はWi-Fiも通っていなかったので、とりあえず手書きで書き込んでおき、ゆくゆくは手打ちでデータ入力すればいいかなと思っていたんです。でも、1週間ぐらいで無理だなと諦めましたね(笑)。

今の時代、計測は自動でできるだろうと。ただこれを機械メーカーさんにお願いしちゃうと、不要な機能もたくさんついたシステムを提案されて、何百万と掛かるだろうとも予測しました。それならばとIoT機器を用いて独自開発したんです。温度計測を自動でできるようにし、スマホやPC上で温度チェックが可能に。温度に問題がある場合はアラートが出るようにし、必要な時だけ駆けつければよくなりました。


それから透明な発酵タンクも導入しました。醪の対流の可視化が主目的でしたが、酒造に職場見学に来る小学生などに向けて、タンクの中身がどうなっているかを見せるために透明にしてはどうか、という意見も出ていました。透明にしたらしたで、LEDライトの光を当てたら味に変化があるかも?と思いやってみると、見事に変化が甘口や辛口など味に変化を出すことができました。長年酒造りをしてきた職人たちも含め、醪の対流を初めて知ることにもつながりました。このシステムは特許も取得。同じように課題がある酒蔵さんも使えるようになり、世の中に広まっていけばと思います。LED色光照射発酵酒のシリーズ『ILLUMINA(イルミナ)』はうちでしか造れない独自の商品です。


具体的にはどれくらいの業務効率化につながったのでしょうか。

西堀 厳密には計算していませんが、蔵作業の1~2割ぐらいは効率化になっていると思います。そこで生まれた余剰体力や人的コストを、本来力を注ぐべき商品開発や酒造りの品質を高めることにフォーカスできるんですよね。仕方なく後回しにしていたことに時間を充てられるようになりました。


後半では労務改善したことで手掛けるようになった新規事業のお話などを中心に語っていただきました。

後編の記事はこちらから↓

東大卒・破天荒蔵元の酒造りDX 後編  明治生まれの老舗酒蔵でウイスキー!?「正解がない」から好奇心のままに挑む






contact お気軽にご連絡下さい。